×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 4日目はクスコからティティカカ湖のプーノまで330kmをバスで8時間走り途中シルスタニ遺跡など見物します。
この間クスコの標高3,360mからラ・ラヤ峠4319mを越え3,855mのティティカカ湖へ到達します。

 

        

クスコからプーノへ330kmバスの旅
マチュピチュ見物を終え4日目はチチカカ湖へ移動します。
クスコからティティカカ湖畔の街プーノまでは330kmを公称6時間実質8時間かけてバス移動します。

クスコから南へ330kmのプーノまで6時間
プーノはティティカカ湖畔で標高は3855m(富士山標高:3776m)

なぜか外にはホテルの看板がない(治安保全のためか?)
入り口のドアーにHose・Antonio・HOTLES
(ホセ・アントニオ・オテル)とあるだけ。

スペイン風の中庭の周りにはショッピング・モールが

夕食時には冷えるので暖炉に火が焚かれます

果物が豊富です

左からお湯(コカ茶用)、コーヒー、ミルク

紅茶などと一緒にコカ(コカイン)の葉

ユーカリの葉に似ています

ジュース類ですが横の添加物は?

ガイドから外へは絶対に出るなと言われていたが早朝なのでこっそり出てみました

特別怪しげな人間も居ないのでホテル周辺を歩いてみました
ホテルへ30秒で駆け込める距離だけ歩くことにしました
建物の屋上には必ず鉄筋が残してある
多分将来増築するときそれを使うようにしようと残してあるでしょうが長年放置すると錆びて劣化してしまうと思いますが
クスコは盆地です周囲の山に陽が当たっても町はまだ眠っています

3分くらいの外出でしたがドキドキでした

電話ですが使い方が分からない

今日はティティカカ湖のシルスタニ遺跡へ出かけます

出発 8:00
ホテル前からバスが出る頃、お土産売りが現れます。
ホテルからきつく言われているのか、ホテルには分からないように売っています。
気の毒で買ってあげたいのですが、もう買ったものばかりです。

途中クスコの英雄の像の前を通りました

今日もバスで遺跡めぐりです。 途中空港のそばを通りました

一昨日リマから着いた管制塔兼空港ビルが見えてきました

クスコ空港
飛行機があるので空港と分かりますが道のすぐ向こうにあります

郊外へ出ました。 高圧送電線(碍子から見ると2〜3万V?)が低い!ビックり」

次の街へ入りました

すれ違うトラックは「ボルボ」か「ベンツ」が多い

プーノまで330kmの標識がありました

5ソル(175円)
途中、道端のパン屋さんで買ったこの地方のパン

約35分でピキリャクタ城砦遺跡へ着きました

ピキリャクタ城砦遺跡
(Pikillacta)

特段取り立てた遺跡ではないような気がしました
ただ通りすがりに寄っただけの感じがする遺跡でした(昨日マチュピチュを見た性かな)

不思議な遺跡
建物も窓も入り口もない屋根から出入りしていたと言われている、

何故か全員近くまで行かず遠くから写真だけ撮って帰ってきました

私も遠くから写真を撮っただけ(今思えば残念 近寄って見ておけばよかった!)

クスコの入り口と言われる石積みの巨大な門
クスコより30k、バスで約45分の所にあるプレインカの遺跡
この他道路、段々畑、や居住区もあるが、どの建物も窓も入り口もない屋根から出入りしていたと言われている、不思議な遺跡

プーノまで330km予定は6時間の行程。 まだ40分来ただけ、次へ急ごう

次の遺跡へ向かいました

警察
途中警察署の前で止まりました。 旅行許可を得るためだそうです

途中の街並み

広場でバザールか人が集まっていました。 それよりその向こうの建物は何でしょうか??

出発から約2時間半、途中のサン・パブロ村で休憩です

サン・パブロ村
城塞のような仕掛け
10:20ころサンパブロ村へ到着トイレ休憩のためお土産屋へ寄りました
なぜか我々のバスが入ると入り口の門を閉めてしまいました。 よほど物騒な街道なのかも

全行程の30%ほど来ました。約2時間半

無料コカ茶

無料トイレ(ワリと清潔でした)

値打ちなお土産がイッパイ

「コンドルは飛んでいく」を吹いてくれました

   

この村の炊事場
鍋と釜戸だけ

1匹20ドルの高級品
お祭りなどで丸焼きにして食べる?です

見張り台?

3個1ドル
1個1ドル(100円)が簡単に1個3ソル(35円)に
屋根の上に沖縄のシーサみたいな守り神が

30分ほどで出発

牛の横断注意の標識が見えます。

この辺りの平地で標高が4000mだそうです。 あの山は4500mくらい、大きな木は生えていません

この先は4330mの峠越え
先ほどの牛の牧場からさらに標高が上がりました。 山のふもとに大きな木は全くなくなりました
放牧されているのアルパカ

さらに標高が上がります

峠の温泉

画像無し

道路から見える所に有りました

気づいた着時は過ぎていました

ラ・ラヤ峠の標識

全行程の半分(約160km)ほど来ました。クスコから約3時間半

カラフルな土産物が我々を迎えてくれます。

峠はトイレ無し、頭痛は高度の性
標高4,335m この地方でも最も高い標高、かなりの人が頭痛を感じます。
現在 11:30頃 昼食場所まで、あと1時間半

雪の山は6千m級
この峠が4335mなので、あの雪山は6千m級(ガイドに高さを聞いたが忘れました)

旅行案内は間違い
優しくにこやかなインカの人たち商売を助けたいが現地通貨を用意するのが少なすぎた。

お客が居なくて寂しそうな兄妹 現地通貨が無い(ごめんね)

峠の記念に買ったカーデガン
値切ったらアルパカ製のカーデガン35ドルが12ドルに(1,300円
気圧が低いせいか頭がボーとして、先程の山の高さも忘れたし、このカーデガンも自宅へ帰って着てみたら左前なので、家内への土産にしました。軽くて暖かで羊毛より着心地がいいと喜んでくれました。

全行程330kmを6時間かけて標高3500m〜4300mの高地をクスコからプーノまで移動は日本では日本では考えられない。

バスの中でビンゴ大会
私は銀製の模様の入った花瓶をビンゴ

バスの中は何とか退屈させないように懸命に工夫を凝らしてくれます。

高原列車
クスコ〜プーノ間330kmを10時間かけて走ります。 週4本往復します。

クスコを8時に出発 昼食の場所(地名は分からない)へ13時に着いた。この間5時間

西部劇「荒野の用心棒」
草原の中に突然現れる街。そんな雰囲気の街です

草原なかに突然現れる瀟洒(しょうしゃ)なレストランでランチを

不思議な魅力の土細工面白い形の土偶
しかし、持って帰るのに苦労! 欲しかったのですが、諦めました。

値段はバカみたいに安い! でも日本まで持って帰ることを考えると

今でも心が痛む!
反省
アルパカのセーター5ドル(600円)と聞こえたので女の子から買った!
しかし本当は15ドルだったのか?こんなセーターが5ドルではないはずです
日本へ帰ってきても、聞き違えて買ってきたのか?おとなしそうな女の子だったから余計気に掛かったままです

こんな年の女の子が日本人を見ると「イチドル」「ゴドル」と日本語でしゃべる。
白人を見ると「ワンダラ」「フアイブダラ」と英語で話しかける。
同年代の日本の子供に比べたら各段に頭がいい。親のために一生懸命に働くインカの貧しさに心が痛みます。

今でも誰に譲らず持って居ます

全行程の60%来ました。
クスコから5時間(これでは6時間でプーノまで行けないいことが分かりました)
ここは峠下のサンタ・ロサとアヤビリの間にある三叉路あたりと思われます

テーブルの小物も全部インカの土偶粘土で出来ていました

可愛いナプキン入れが用意されていました

まずはピスコサワーから
葡萄の蒸留酒に卵白とレモンを加えシェイクした飲み物

パン 意外と美味い

少々堅くて薄味の牛の焼き肉
日本人の口に合うように一生懸命作ってくれたアスパラ、にんじんなども。

最後は「コカ茶」で仕上げ
たっぷりとコカインの葉が入れてありました
(まだ美味しい!もう一杯と思わないので大丈夫なようです)

プーノまであと130km(?)時間的にはまだ3時間かかる計算になります(全行程330km8時間に訂正しなくては)

プーノまでの国道
レストランの前から真直ぐ南へティティカカ湖まで走っています

昼食後、途中何の変哲のない風景を眺めて2時間半バスは走り続けました

殆どの仲間が車中で眠っていました。 いい休養になりましたが、運転手は大丈夫か?

クスコから310km(8時間半)
プーノの手前20km付近にあるシルスタニ遺跡到着

シルスタニ墳墓遺跡

シルスタニ墳墓遺跡到着
もう夕暮れ時これから見物

こんな時間になっても土産物屋さんは頑張っています

説明板らしいがガイドの説明なし

女性陣よ土産物は後にして、明るいうちに見物しようよ!
値引きの魅力に負けて旅行の目的を忘れ、買い物の楽しさを十分味わっている女性陣はなかなか来ない!

やっと丘の上へ上がっても、そこには又もや土産屋がイッパイ 一難去ってまた一難

りゃまと写真を撮ってもらいチップを稼ぐ小さな兄弟は日本のウーマンパワーに圧倒されてりゃまと遊んでいました

やっと見物が進みます
ここも標高は富士山(標高3775m)より高い

こちらわおばさんの縄張りらしいカメラポーズで待っている

最初のチュルバ(墳墓)が見えてきました
こんなチュルバが150もあるらしい

トカゲの紋章
高さ13mほど、頂部がドームになっているものもあります

このトカゲの彫り物が名前の由来です

丸石を積んだ簡単な墳墓もあります
その手前に並んだ石の列は死者との境を表すのだそうです

半分壊れたものもあります

丘の上からティティカカ湖の入り江にかけて多数の墳墓が見られます

何かの説明板らしいがガイドの説明なし

魂の集まるとこらしい

気味が悪いのであまり近づかなかった。

これが玄関だそうです

女性陣はパワーを貰うんだと言って枠の中へ入って写真を撮りました(一人変なのが居ますが)

仕方ないので男性陣もハイポーズ

針金で応急措置
多くの墳墓が倒壊の危機に

墓の構造
石の側面に丸い凸と凹を造りはめ込み強度を造っています

夕日でよく分かりますが隣の石との凸凹は上へ行くほど深くなっています

新しい時代のものは小さな石組みで出来ています。

延々と古代の墓が続きます

クスコの石積みでもこの出っ張りは謎でした

死者が蘇る窓
墳墓には東に向って死者の出入口が作られています

上に比べて丁寧な造りだそうです(1個の石をくり抜いてある)

湖畔にはインカの遺跡のような集落が並んでます

気の毒
我々が坂を上がるときからジーと待っていた現地人、 我々が下りて行くときも声も掛けずただ黙って立っているだけ。
夕暮れ時で寒くなってきたので気の毒に思い写真を撮って1ソルを籠の中へ入れてました。 本当におとなしい民族です。

ティティカカ湖の入り江に浮かぶ造ったような島

夕日の中をプーノへ

ホテルが見えてきました

ティティカカ湖上の小島「エステベス島」にあります
5つ星でホテルのどの部屋からでも、神秘の湖の日の出を眺められる贅沢なホテル
「オテル・リベルタドール・イスラ・オステベス」
(小島にある理由は治安のためでもあるそうです)

ホテルから見たプーノの街

オテル・リベルタドール・イスラ・オステベス
景色のよさではこのホテルが一番で、地球の歩きからにも紹介されています

ティティカカ湖上の小島「エステベス島」にあります
5つ星でホテルのどの部屋からでも、神秘の湖の日の出を眺められる贅沢なホテル

フロントも超高級ホテルらしく雰囲気満点でした

コカ茶
こんな高級ホテルでもロビーに「コカ茶」が用意されていました
やはりインカではコカインのは日常の生活に入っているのですね。

ロビーの隅ではバンドマンが準備をしていました

部屋のベッドにはグリーテングカードにチョコレートが添えてありました
カードには六カ国語で「おやすみなさい」と書いてありました

洗面所は意外や大理石造り

電源は100v、220v両用できますがコンセントの形は要注意。

夕食では5日目となった仲間も打ち解けて話が弾みました。

フラッシュなしで撮ったため全部手振れ!失礼しました

明日の5日目はティティカカ湖遊覧・浮島ウロス島へ

 

プーノの標高は3,855m
クスコより高く、富士山より高いとは思えない風景です。

ティティカカ湖はボリビアとの国境にあります
プーノの近くにシユスタニ遺跡(プーノから30km)、フリアカ空港30km
浮島ウロス島は湖上10kmの所

素人が撮っても絵葉書のようなホテル

ティティカカ湖上の小島「エステベス島」全体がこのホテルの所有のようです

ティティカカ湖の日の出

オテル・リベルタドール・イスラ・オステベス
景色のよさではこのホテルが一番で、地球の歩きからにも紹介されています

ティティカカ湖上の小島「エステベス島」にある
5つ星でホテルのどの部屋からでも、神秘の湖の日の出を眺められる贅沢なホテルです

島の中で何故車が必要なのか?
マツダB2600iでした

ホテル専用桟橋
ホテルからウロス島ツアーを申し込むとホテル下の専用桟橋からボートが出ます。

昨夜ホテルへ到着したときの写真がピンボケでしたが今朝もピンボケです。

まず朝食 今日も強行軍だぞ!

全125室
「レストラン・ろす・ウロス」の朝食付きで145ドル(1万5千円)

「ウロス島」への出発は8時

チチカカ湖の浮島「ウロス島」へ
モーターボートでウロス島へ約30分 

桟橋から出航
遠くの山の岩群を見てもマチュピチュの強烈な印象が残っているためか全部遺跡に思えます

船首にペルーの国旗をたなびかせ静かな湖面を滑るように進みます

添乗の亀川さんはスケジュールの確認か
(あとから分かったことですが本当はウロス島についての勉強をしていたようです)

浮嶋の上に草も生えています
浮嶋が見えてきました草で造った島ですが結構水面上の高さもありますし沢山の家が建ってます

専用の桟橋があるようです。 モーターボートで約30分で到着

ウエルカム・ロス・ウロス(LOS・UROS)
歓迎の看板が我々を迎えてくれました。 が全員立ち方歩き方が変!

道もなし、隣家の境も、湖への転落防止柵もなし
トトラは湿っていて歩くと、適当なクッションがあり慣れると歩きやすく、コンクリートや土の上を歩いていた我々は
1歩1歩確かめて歩き疲れません。
子供たちも、そのまま座って遊んでも親には怒られないし怪我もないし、島の縁には柵も無くても問題なし

島の作り方を説明してくれましたが、さっぱり分かりませんでした

添乗の亀川さんの説明は我々の疑問を全部解いてくれました
島の産物(生活源)

トトラ(葦の一種)は茎(くき)の部分を食用にします このトトラを3mほど積み重ねて島ににします。
島の下のほうが腐ると、上へ上へと積み重ねて島の浮力を確保します。
干したトトラは炊事の燃料にします。

マス科の魚らしい
魚はチチカカ湖にたくさん生息しているそうです。 
電気も冷蔵庫も無いので毎日必要な分だけ捕ってその日に食べるそうです

1ドルチップが楽しみ
我々が日本人と分かると日本語で童謡など(何を歌ってくれたか忘れました)を歌ってくれます
しかし全員靴を履いて身なりもしっかりして裕福なようで安心しました。
後ろの緑色の止めの建物は学校らしい

飴やチョコレートはあげないで
島やこの付近にはには医者がありません、
子供たちは甘いものなどは食べたことが無いので虫歯が一番心配だそうです。
文化的な食べ物はあたえないでください、とのことでした

同行のKさんはさっそく輪に入ってコミュニケーション

主食はトトラの茎、タンパク源は湖の魚 しかし子供たちは全員元気で丸々と太って元気そうです

土産物を並べて子供たちも待っています
最初はふわふわと浮いた感じがなじめず、歩くにも少々不安があります。
所どころトトラが腐って深く沈む所があるので走ることもできません。

広場ばかりでなく生活圏へ入りやいのですが、その手前に土産物を並べて待っています
狭い島ですが道も塀も境が無いので我々は歩くのに何か不安を感ずるとともに争いが生じないかと思います。

収入
少し昔までは浮島で自給自足の生活でお金もいらない割に貧しい生活でしたが
今では観光客が多く来てくれるので、現金収入があり生活は豊かになったそうです。
しかし我々が豊かとはずいぶんかけ離れた生活内容です。 
テレビは勿論ラジオ、照明、冷蔵庫、レンジなど電気の必要とするものは一切見たことも欲しいと思ったこともないそうです。
昨日のシルスタニ遺跡の現地の人の表情に比べ、此処の人達大人も子供も皆幸せそうでした

そんな中、値切る人が居ました。

他の島の見物
バルサ(トトラ製の舟)で他の島へも連れて行ってくれるというので2ドル払ってバルサに乗りました

丸木船を想像していましたが、以外にも横揺れは少なく安定してました

横揺れの少ない理由は一種の双胴船の原理でした

定員は15名くらい
静かなティティカカ湖を以外にも滑るように進みます。

遠くの浮島には水のタンクでしょうか高い塔の上に何かが載っています

大小合わせて40個の浮島
この付近にこうしたウル族が住む島は40個ほどあるそうです。
母親が漕いで、子供はサービス
男の子は歌を歌たり、絵葉書を売ります。
皺くちゃになった絵葉書を「イチドル」と日本語で言いますので、可愛くなって買いました。

私の思い出の絵葉書で、帰国後も大切にしています。

着いたようです
乗り降りは船首か船尾のようで、横着けにはしないようです(なぜか理由は?)

教会
教会の上の電線が気になりました(島には電気は無いはずですが)

ごめんなさい
女の子はチップが欲しくてポーズを取ってくれたのか(帰国してから気づきました)

炊事場
銅製の釜戸で効率の良い形になっています
トトラは湿っていて、その上で火を扱っても燃え移るようなことは無いようです。

学校
学校は鉄骨とトタンが使ってあるのでトトラ製の島では支えられないので
下の金属製の舟で浮かせています

フジモリ
天井に2個は裸電球があるので電気は来ているらしい
島の人達は我々に向って「フジモリ」と言います。学校はフジモリ大統領が作ってくれたそうです。
そしてフジモリ元大統領は日系三世ということも知っているらしい

壁には手製らしい教材がありました

入り口には募金箱があったので10ドル寄付しました

 

家の内部

約2時間の浮島ウロス島他の見物を終了

これまで上天気に恵まれたが
浮島ウロス島からモーターボートでプーノのホテルに10時に到着。 
帰り支度をしてすぐにフリアカ空港 →飛行機で2時間半→ リマ空港 →バスで310km4時間→イカ(ナスカ)20時到着予定
 6日目は天気が良ければナスカの地上絵を上空から見物予定。 飛行機が飛ばなければそのままリマまで戻り1泊
7日目はロス経由日本へ

空路リマまで
そして陸路310kmをイカ(ナスカ)まで走るぞ!

浮島ウロス島から10時頃帰り、荷物をまとめ、すぐ出発(10時45分)フリアカ空港まで45km

さよならプーノ
ティティカカ湖上に浮かぶ小島「エステベス島」の五ツ星ホテル「オテル・リベルタドール・イスラ・オステベス」見えます

空港駐車場も周りもガラガラ
こんな所まで土産物売りが大きな絨毯を売りに来ていた。皆ほしそうだが持って帰れない

空港前にはインカの英雄像が立っていました

客も車も居ない空港駐車場 土産物店が商品を虫干しか

手動式の発着表
一日に1便なのか? 我々が乗る便は13:40
昔懐かしい靴磨き屋さんも暇そう

飛行場も閑散!動き回る車も見えない

やっと我々の搭乗機が着きました

アンデス音楽で我々を見送ってくれます。

飛行機までは徒歩です

色白の小出さんも連日、標高3〜4000mの紫外線の強い高原で小麦色に

平原は枯れたような草に山には木もないここはティティカカ湖(標高3885m)より高い高原です

2時間半の飛行中、赤茶けた山肌の大地が続きます

プーノバス(1時間)→フリアカ空港飛行機(アレキバ経由2時間半)→リマ空港
リマバス(夕食後310km約4時間)→イカ着

イカのホテルへ20時着

疲れで全員黙々と食事

明日は最終日6日目、待望のナスカノ地上絵へ上天気であってほしい

        

このHPはmoriy@シルバーが旅行した当時の記録です。
その後、現地の状況などが変わっています。
旅行の参考にしてくださる時は他の方法でも確認して、お出かけ下さい。